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踊るバイエイターの敗者復活戦

アルバイトやアフィリエイトを含めたネット広告からの収入で生計を立てる人に踊りながら(楽しみながら)生き抜くための知恵を紹介するブログ。多くのWebマーケターに読まれています。不定期19時頃更新。

お金は稼ぐものではなくて奪うもの。貧乏人が貧困から抜け出すために必要な事とは?

貧乏

Bank robberywww.flickr.com

 

目次

 

お金は稼ぐよりも奪うもの

お金を稼ぐという行為は、日本を出ると「稼ぐ」というよりも「奪う」という意識を持つ人が多いように思える。自分がよく行くタイでもそうである。

値段が予め決まっている商品の売買はともかく、言い値で決まる物品やサービスにおいて、相手は出来る限り相手から多く奪ってやろうという意識を持っている。

例えば、タクシーやトゥクトゥク(3輪タクシー)の運転手は相手の様子を見ながら平気でふっかけてくるのが普通だ。

 

現地のタイ人だけではない。 タイの治安でも述べたように、アラブ系の人が「日本円を見せて欲しい」と言って、手品のように札を抜き取る「見せ金詐欺」というものがある。この詐欺は最初に報告されてから一向に被害は減っていない。情報を知らない人が多いのか、いずれにせよ平和ボケした日本人がそれだけ多いという事だろう。

もちろん、他の欧米人や現地の日本人もそうである。お金の匂いがする相手にはまずは積極的に近づこうとして来る。こちらの資金を把握し、どうすればこのお金を奪うことが出来るか? ビジネスや女性関係を使った詐欺行為だけでなく、強引に奪うという手段も、金額やリスクを見てやるに値するかどうかを判断した上で実行する人がたくさんいるのだ。

 

会社の金を勝手に持ち出してタイに来ている欧米人や日本のヤクザにも現地では会った事がある。当初はあまりにも不注意だったが、今では良いホテルを泊まるにしても、こうした人達の前ではお金の匂いはなるべく消すようにしてるし、絡むこと自体を避けるようにしている。

彼らは情報の提供など、こちらに利益をもたらす雰囲気を持っているが、こうしたリスクを負うほどの重要なものは持っていない。

フィリピンではこの傾向がより強い。日本以外にはお金を奪ってやろうという人達が溢れているのだ。

 

日本や海外の貧乏人が貧困から抜け出すためにしてる事

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バンコクのスクンビット通りには「ビジネス」物乞いを含め、多くの物乞いがいる。

 

貧しい現実を受け入れ大きな不満も無く生活している人もいれば、貧しさから抜けだそうと必死にもがき苦しんでいる人もいるだろう。日本の場合、最低限の生活は補償されているため多く貧しい人は前者に該当すると思う。後者は犯罪というリスクを犯したり、自ら命を絶つケースもあるが、貧困による犯罪や自殺は他の国に比べれば日本は割合的に少ない。

社会不安をもたらすのはこうした貧困でもがき苦しんでいる人達で、ここに貧困解決の難しさがある。なぜなら、こうした人ほど助けてはいけない人であるケースが多いからだ

 

貧乏で可哀想な人がいたとする。こうした現状を見ると、日本人であれば必ずこうした人は「良い人」だと考えて疑わない。しかし、「可哀想な人」=「良い人」という方程式は必ずしも成り立たない。同情心から助けてあげたところで貧困問題がより複雑になったケースもある。

もちろん、急病や事故により貧困に陥ったケースは積極的にカバーしてあげなければならない。ただ、それ以外で日常的にお金の無い人は別の問題があると思われてもしょうがない部分がある。

 

アフリカの貧困問題

アフリカへの支援を長年経験している人ほど、貧困問題は解決出来ないものだと絶望するという話はよく聞く。

アフリカ 苦悩する大陸

アフリカ 苦悩する大陸

 
貧困の光景 (新潮文庫)

貧困の光景 (新潮文庫)

 

有名ブロガーであるちきりん氏も紹介していたが、上記本には以下のような内容が記載されている。

・アフリカでは子供の HIV 検査は行わないほうがいい。なぜなら HIV ポジティブだとわかると、親はもうその子にミルクを与えない。つまり検査をすると、子供はエイズで死ぬ前に餓死させられる。

HIV ポジティブの人に治療薬を渡したら、家族はその薬を(病気の家族には飲ませず)密売人に売り払って、他の家族メンバーの食費にあてる。だから薬は家に持ち帰らせず、必ずその場で飲ませないといけない。

・有為で有能な少女がいて学校に行きたいというから教育費を援助することになった。親に渡すと教育費に使わない可能性があるので、学校に直接払い込んだ。そしたら・・学校の先生がその学費を引き出していなくなった。

・貧しい子供に無料でいきわたるように、抗生物質などの薬を各地の病院に配布する医療援助は意味がない。そんなことしても医者はその薬を、金持ちの患者に高額で売って代金をポケットにいれ、貧しい人には相変わらず「お金がないと薬は手に入らないものなのですよ」といい続ける。

・井戸を援助して貰った。井戸の水を飲料に使えば、これから何十年も伝染病を防げるのに、一年もたたないうちに井戸の部品は売り払われ、生活費に充てられてしまう。

お金を与える事は必ずしも貧困問題の解決にはならない。タイでも体を売る女の子は、お金があれば全て使ってしまう環境にある家庭で育った子が多い。いくら体を売って稼いでも自分や実家の両親、恋人の消費量が上がるだけで、貧しさからは一向に脱する事が出来ないのだ。

アカの他人がこうした人達を変えることは難しいだろう。結局奪い続ける事でしか、貧しさから離れる手段がないのである。

 

お金を奪い合う世界

貧しい現実を受け入れ、大きな不満も無く生活している人。

日本にいる貧しい人はこういった人が大半で半ば人生を諦めている人が多い気がする。不満がないと言えば語弊はあるかもしれないが、この日常を長期間「耐えれている」人はここに分類される。

彼らがお金が無い人状態から脱するには、奪うぐらいの気迫が無ければお金持ちにはなれないとも言える。結局、貧困から抜け出すために、誰しもが奪うという積極性がなければならないのである。

 

お金を配分することで貧困問題が殆ど無くなったのは、日本や北欧など、お金を奪うという考えが弱かった国だけだった。

しかし、こうした国も変わりつつある。移動の自由度が高まり、人や情報を国内だけに留めておくのは難しくなった。海外に出ればもちろんの事、日本国内においてもお金を奪いに来る相手と対峙しなければならなくなったのである。

これは日本の格差を解消するためには、世界における格差の解消もしなければならない事も意味している。

 

オレオレ詐欺師の中には、「年寄りの動かないお金を消費市場に回して経済を活性化しているので、むしろ日本国に貢献している」と堂々と話す人もいる。もちろん、犯罪は正当化するつもりはないが、今よりもお金がほしいと思ったら奪うしか無い世の中になりつつある。

ネット上でもそうだろう。 トラフィックを奪わなければ広告収入を得ることは出来ない。

 

貧しくても幸せなら良いと思う。ただ、今よりも良い生活がしたい、欲求を満たしたいと考えている人がほとんどで、これを達成する手段としてお金を得る事が手っ取り早い現実的な事なのは否定出来ないだろう。

 

こうしたお金を奪い合う世界というのは、お金を持つ者がより多くの選択肢を持つことが出来る。つまり、お金を持つ者からしたら、お金を奪い合う世界の方が自由度が上がりお金を使って実現できる事が多くなるのである。

また、田舎よりも人の集まる都会の方がこうした傾向が強い。特に発展途上国である中国や東南アジアの都市は金持ちほど好き放題出来る環境があり、こういった都市に長く身を置いていると嫌でもお金の強さを感じざるを得なくなる。例として上げれば、アジアの主要な都市では、貧しい家庭で育った美女の結婚相手はほぼ金持ちである。

 

価値の把握

幅広いサービスで決まった価格が存在しない世界では、価値の把握を個々人がしなければならない。

日本ではメーター通りきちんと行ってくれるタクシーも、タイでは、相場を把握しなければ相場以上の額を支払う事になるし、乗車拒否や恨まれる事もある。 

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バンコクという大都会で体を売り、生計を立てている女性たち(バンコクのテーメーカフェ前)。

 

価値の把握力

価値の把握力が優れている人は安いものを高く売る事が出来るし、作業に見合った報酬かどうかがわかれば、楽してお金を稼ぐ事も出来る。綺麗な女性が田舎に留まれば、ブサイクで将来性の無いヤンキーと結婚してしまうケースもあるが、世界的な都市でもある大都会・東京に出たら、信じられないぐらいに価値が高まる事も良くある。

今は円安が進んでいるが、為替取引をしてる人や、海外旅行へ良く行く人は通貨価値の把握を普段からしようと考え、為替に合わせたスケジュールに変更もしているだろう。自分はタイへ良く行くので、習慣的にタイバーツの変動要因は把握しようとしている。

もちろん、リスクを分散するために予めアメリカドルなどの外貨を持っている人も多い。 

 

日本だけ、特定の場所にだけ固執している人は知識だけでなく、感覚も鈍くなっている。

価値の把握が出来ている人は、これが出来ていない人からお金を奪う事さえも出来るのだ。

 

貧乏人が貧困から抜け出す方法

一貫して何が言いたかったのか?

簡単にいえば、貧困から抜け出すためにはお金を奪わなければならないという事、そして、海外、特に発展途上国の都市ではお金を奪い「易い」環境があるという事である。実際発展途上国の都市では、他国だけでなく、田舎からも多くの金や人が金を奪うために集まっている。

安い物を高く売る貿易業、投資の世界でもそうだろう。投資はお金のある人しかお金を奪う事が出来ないと考える人が多いかもしれないが、取り引きを仲介する人は金を奪う事が出来る

もちろんこうした情報で儲けている人にお金は必要無い。お金が無くとも情報の差で金を奪う事が出来るのである。

 

日本の貧乏人が貧乏から抜け出す手段の1つ

こうした競争の中でも金持ちの多い日本人を、日本語を話す日本人というだけで、リスク無く(犯罪でも無しに)、カモ(お金を奪う対象)に出来る点は、他の国とも違って大きなアドバンテージだろう。


目的も無く、何ら得ることも無しに海外に行く事を消耗とすれば、海外で消耗している人は多い。

日本人が海外で英語を学ぶために、出稼ぎのために海外に行く必要はあるだろうか? コストパフォーマンスや環境が変わる事で生じるリスクを考えただけでも、現状必要は無いだろう。

学問や休暇、エンターテイメントのために行くことは別として、そことは違う視点、営利を目的とするが出稼ぎとは違う貧乏から脱するためのビジネス視点での海外というものが、海外渡航をプッシュするメディアの主張でも殆ど無いのである。

貧困を解決する手段としての、具体性のある計画的な海外渡航というのが、日本人が貧乏から抜け出す手段としてあまり強調されていないのだ。需要はあるけど供給が追いついていない情報や物、サービスを得るための海外渡航の方が、単に知識を増やしに行くよりも有益で実践的だろう。

 

もちろん、ここにリスクがある事は否定しない。現状上手く行っているサラリーマンなどに、こうしたハイリスクな挑戦をする事を安易に薦めたいとは思わない。

しかし、フリーターや無職の立場にいる人、低賃金で重労働の生活から脱したい人は、それが長期間続いている人ほど、挑戦する事以外に現状を変えるのは難しい。また、お金や信用がないというのはある意味強みで、失うものが少ないし、自己破産という手段も残されているだろう。

挑戦しない事自体が低賃金・重労働への負のスパイラルに入ってしまうというリスクもある。

 

貧困から救うための援助という行為はより世間から叩かれるようになっている。実際、生活保護を受けている人もその背景を見ることなく、その行為だけで叩かれるような風潮も出てきている。

風潮だけではない。日本という国では財政における問題もあってこうした援助には今後も逆風が吹く可能性は高い。

貧困から脱するために、お金を奪うといったより積極的な考えが、今の日本には必要になって来ていると自分は思うのだ。

 

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