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踊るバイエイターの敗者復活戦

アルバイトやアフィリエイトを含めたネット広告からの収入で生計を立てる人に踊りながら(楽しみながら)生き抜くための知恵を紹介するブログ。多くのWebマーケターに読まれています。不定期19時頃更新。

サラリーマンを否定する若者、ブロガーを否定するおっさんの将来

ブロガー

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若いブロガーの間では「メディアクリエーター」という呼び名が流行っているらしい。自分の周辺では元々アフィリエイトサイトの事を「メディア」と呼ぶことは良くあった。従って、プロフィールにもサイトの事を「メディア」と書いてある。最近のメディアクリエーターブームに触発されたわけではないので、初めにお断りを入れておく。

 

さて、今朝下記記事を読んだ。

メディアクリエーター(ブロガー)を否定する古い考えを持った「おっさん」達への強いメッセージかと思う。

今回この呼名(メディアクリエーター)については触れない。どうでも良いというのが正直な感想だから。

 

この記事で触れたいと思っているのは、サラリーマンを否定する若者だったり、新しい価値観を否定するおっさんの事である。

 

自分は元々サラリーマンとして働いていたが、その後会社を辞めて一時期無職になった。無職になった後も何とか生きていけると勘違いしていたが、ここで様々な社会の壁にぶつかった。まず、家賃の滞納で保証会社から圧力を受け家を出た後、新しく安い家を借りようにも、収入が無ければ住居は貸し出せないと断られ続けた。

貯金はあったが、家だけでなく、基本的なインフラすら揃えられないので、仕方なく早いうちに職に復帰することを決意した。その際は前の会社の計らいで再就職先(以前の取引先)を紹介してもらい、嫌々ながらもサラリーマンへの復帰をするつもりだった。しかし、紹介された企業は不採用に終わってしまう。

 

無職の経歴を持つ事で社会的な信頼性を失った事が大きいかと思う。学生時代の就職活動も簡単にクリア出来て、新卒採用で会社に就職し、無職になるまでなんの落ち度もなかったのだが、一度のドロップアウトで再スタートは簡単な事ではないと社会の厳しさを痛感した時でもあった。

 

社会は自分を見捨てた。自分自身を肯定するためにはサラリーマンという生き方を否定しなければならない。「働く事」に対する価値観も大きく変える必要があった。

 

その後は日雇いバイトからフリーターをしばらく経験したが、当然サラリーマンの時よりも給与は安く、仕事内容もハードで、社会的信用も低い。再就職を早々に諦めたのは今思えば馬鹿だと思うが、当時はこの道を選ぶのが自分にとって正解だと思っていた。

 

しかし今、客観的に見れば、満員電車に揺られ、サラリーマンとして生きる方が平凡ではあるが、圧倒的に楽だったと思う。サラリーマンを若いうちから否定するのは簡単だ。しかし、結果的には生きるための選択肢を狭め、あえて自分で辛い道を進まなければならなくなる事が多い。相当な覚悟が無ければ、壁にぶつかった時、乗り越える事は出来ないだろう。そういう人は数多くいる。

 

また、上手く独立して生計を立てる事が出来たとしても、将来に渡りこれが続くという確証はない。社会的な信頼度からして、サラリーマンという生き方を続ける方が、安定して楽な生活は長期間保証されるはずだ。会社が潰れても、長い間日本社会に溶け込んでいた人はどこかが拾ってくれる。全員とは言わないが、多くの人は下野する必要もないだろう。


とは言え、ブロガーという生き方を否定するつもりもない。むしろ、こういった一度ドロップアウトした人や環境に恵まれなかったサラリーマンが一旗揚げる場所としてブロガーやアフィリエイターという生き方は最適だと思っている。

個人メディアはリスク無しに、自分というコンテンツを高められるプラットフォームだからだ。

 

ブロガーを認めないおっさんも問題である。こういった人達は新しい価値観の否定しか出来ない人達だ。もし、その新しい価値観が一般化したら、社会に違和感を感じながら生きていく事になる。

将来、ブロガーではなく、サラリーマンが社会不適合者と呼ばる社会になる可能性は否定出来ないはずだ。

 

若いうちに既存の価値観を否定すれば、社会に出た後に強く自分自身へのしかかってくる。また、新しい価値観を認めなければ、それが一般化した時に生きにくい世の中になってしまう。

結局どちらの価値観も柔軟に考え、評価する事が大事になるかと思う。正確に捉える事が出来ず、片方を否定し生きていくなら、将来において、茨の道も覚悟しなければならない。

 

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